感染症予防ワクチン
1.mRNAを用いた感染症予防ワクチンがいち早く承認された
感染症予防ワクチンの歴史は、18世紀末にエドワード・ジェンナーが天然痘に対する牛痘種痘法を発見したことに始まる。以来、ワクチンは多くの感染症予防を実現し、公衆衛生に多大な貢献を果たしてきた。この古典的な感染症予防法に、大きな革新が2020年に発生したCOVID-19によるパンデミックの中でもたらされた。
ウイルスの遺伝子情報をコードするmRNAを体内に投与することで、体内でウイルスに対する免疫を誘導するという新しいタイプのワクチンとなるCOVID-19 mRNAワクチンで、ウイルスの同定から僅か1年という短時間で開発され、承認されたのは記憶に新しい。
日米欧の7か国で薬事承認を受けたCOVID-19 mRNAワクチンはBioNTech/PfizerおよびModernaの6剤であるが、現状では、Omicron BA4/5型に対する1価のブースターワクチンとして、BioNTech/Pfizerのコミナティ(COMIRNATY)およびModernaのスパイクバックス(Spikevax)が使用可能である(表1)。日本ではこれ以外に、第一三共のダイチロナ(DS-5670:SpikeのRBD領域に対するmRNAワクチン)およびMeiji Seikaファルマ/Arcturusのコスタイベ(ARCT-154:全長spikeをコードするレプリコンmRNAワクチン)が既に承認されている。
2.感染症予防ワクチン市場と開発の動向
2021年のCOMIRNATYとSpikevaxの日米欧での売り上げ合計は約26億ドル(3兆6千億円、1ドル140円換算)で、2026年予測は4剤合計で約10億ドル(1兆4千億円)となっており、2年後も一定の市場規模を保持するとの予測となっている。COVID-19関連のワクチンは現在でもmRNAを含む多くのワクチンが後期開発に進んでおり、その約50%がmRNAワクチンである。その中には、汎コロナウイルスワクチンやCOVID-19変異株に対し長期に有効な予防ワクチンなども含まれる。
また、世界では1000剤近い感染症ワクチンが2023年初頭の時点で開発されており※2、その23%が古典的な不活化或いは弱毒化ワクチンであり、それに次いで遺伝子組み換えタンパク質ワクチン(20%)、遺伝子由来ワクチン(DNA或いはmRNA等:18%)、ウイルスベクターワクチン(14%)、Conjugateワクチン(11%)の順となっている。遺伝子組み換えタンパク質ワクチンはその安全性、安定性および製造性から最も多く開発されており、100以上のワクチンがPhase I試験に進んでいる。遺伝子由来のDNA或いはmRNAワクチンは製造の柔軟性が高いことから、高頻度で変異が見られるウイルスに対するワクチンに適すると考えられており、COVID-19、インフルエンザ、HIV等に対して合計で130剤以上が開発中である。
COVID-19以外の領域では、Phase III試験に進んでいるmRNAワクチンは、季節性インフルエンザが2剤(BNT-161、BioNTechおよびmRNA-1010、Moderna)、COVID-19と季節性インフルエンザの2価ワクチン1剤(mRNA-1083、Moderna)、CMVワクチン1剤(mRNA-1647、Moderna)、RSVワクチン1剤(mRNA-1345、Moderna)であり、Modernaが大きく先行している3)。Phase II試験段階のmRNAワクチンパイプラインは、インフルエンザが13剤(COVID-19との2価2剤を含む)、ヘルペスが5剤、サル痘2剤など25剤となっている。Modernaが後期開発に進めている3剤のmRNAワクチンの市場予測によると、ピーク時でCMV(mRNA-1647)が850億円、RSV(mRNA-1345)が2300億円、インフルエンザ(mRNA-1010)が1900億円と見込まれており、すべてが承認された場合は5000億円に達すると予想されている※3。
3.次期パンデミックに備えた国内研究開発事業「SCARDA」
最後に、COVID-19によるパンデミックを受けた日本の状況について触れる。
令和3年6月1日に閣議決定された国家戦略「ワクチン開発・生産体制強化戦略」を踏まえ、令和4年3月22日に先進的研究開発戦略センター(SCARDA)が設置された。SCARDAは、平時から感染症有事に備えて、ワクチン開発に関する広範な情報収集・分析を行い、有事を見据えた戦略的な研究費のファンディングにつなげるとともに、ワクチン・新規モダリティ研究開発事業、及びワクチン開発のための世界トップレベル研究開発拠点の形成事業を実施し、平時・有事を通じたマネジメント、全体調整を行う。
SCARDA事業の一つ「ワクチン・新規モダリティ研究開発事業」に採択された課題一覧を下表に示す。この中の一つ、令和4年10月に採択された“PureCap法を基盤とした高純度mRNA国内生産体制の構築と送達キャリアフリーの安全なmRNAワクチンの臨床開発”(研究開発代表者:Crafton Biotechnology(株)・内田智士博士)のプロジェクトにNANO MRNA分担研究者として参画しており、令和6年以降、順次非臨床開発およびPhase I試験を担当する予定である。
※1 グローバルデータ:COVID-19 Vaccines: Opportunity Assessment and Forecast, 2023
※2 Nature reviews drug discovery 22, 867–868, 2023
※3 グローバルデータ:mRNA Vaccines in Infectious Diseases Market Overview, 2023