mRNA医薬とは
2020年は、COVID-19のワクチン開発が盛んに行われ、mRNAが新しい創薬モダリティ(治療法)であるとしていち早く成功し、世の中に認知されましたメッセンジャーRNA(mRNA)医薬に注目が集まりました。通常の開発では数年かかると言われる感染症ワクチンの領域において、COVID-19の世界的なパンデミックという特殊な環境下ではありますが、ウイルスの同定から1年以内という極めて短い期間でmRNAワクチンの実用化が達成されました。この新しいモダリティmRNAについては、有用性や安全性などのメリットが示唆されたことから、今後の医薬品開発の世界を大きく変え、新たな医薬品の創出が期待されています。
1.mRNA医薬とは
あらゆる生物の遺伝情報は二重らせんを形成するDNAという遺伝物質に保存されています。生物を構成する全ての細胞で含まれているDNA分子のセット(「ゲノム」と呼ばれます)は基本的に変わりませんが、それぞれの細胞では異なるタンパク質が作られ、その結果、様々に分化した細胞が生じて、生物の体を形作っていきます。この同じDNAから異なるタンパク質を作るメカニズムに欠かせないのが、mRNAです。
図1:細胞核内のDNAに保存されている遺伝情報からタンパク質ができるメカニズム
- 転写:必要なDNA領域の情報をコピーした分子として対応するmRNAが合成されます。この過程を転写(Transcription)と言います。
- 翻訳:転写されたmRNAは様々な修飾を受けて核から細胞質へと移動し、タンパク質の合成場所であるリボソームに運ばれます。そこで、それぞれのmRNAの情報に従ってアミノ酸が連結され、各々のタンパク質が合成されます。これを翻訳(Translation)と言います。生成されたタンパク質は種々の翻訳後修飾を受け、立体的に折りたたまれて機能的なタンパク質として働きます。
mRNA医薬のコンセプト
身体の外から特定のmRNAを薬物として導入することによって、目的とするタンパク質を体内で人工的に作らせ、不足する機能を補うことを可能にする
2.mRNA医薬の特徴
- 広い標的に対応可能: 配列さえ分かればどんなタンパク質に対するmRNAも設計可能であるため、原理的に全てのタンパク質がmRNA医薬のターゲット分子となり得ます。標的が酵素や受容体である低分子医薬や、膜・分泌タンパク質である抗体医薬に比べて、大きな優位性です。
- ゲノムに挿入されるリスクがない: 主としてウイルスベクターを用いる遺伝子治療の場合、外から導入したDNAがゲノムに取り込まれ、細胞がん化等を引き起こす潜在的なリスクがあります。mRNA医薬の場合、そうした心配はありません。
- タンパク質導入に比べて薬効が長く持続する: 期待される応用の1つとして「遺伝性希少疾患におけるタンパク質補充療法の置き換え」がありますが、その場合にこの点が大きな優位性となります。
- 配列さえわかれば短い時間で容易に設計が可能: 今回のパンデミックにおけるCOVID-19ワクチンの研究開発は、この強みが最もよく現れた例です。ウイルスの配列決定からわずか2カ月以下で臨床試験に入るなど、従来のワクチンでは考えられない開発スピードでした。今後、パンデミック対応はもちろんのこと、実用化が期待される疾患についても、この特徴は極めて有利となります。
3.mRNA医薬は多様な疾患に適応可能
ワクチン
感染症予防ワクチン
COVID19、Influenza、CMV、RSV、Zika、Deng 等
がんワクチン
Shared Antigen或いはNeo antigen
免疫寛容ワクチン
各種のアレルギー疾患(食物、花粉、MS等)
組織再生医療(Local Tissue Regenerative Medicine)
VEGF-A、IGF-1、BMP-2、HNF4A、BDNF、RUNX1等(増殖因子、転写因子等)
遺伝子欠損疾患/希少疾患
酸素欠損症の補充療法(遺伝子治療の代替)